2014年12月20日

江戸に学ぶ日本学

昨日は、私自身の原点である今啓林会において「江戸日本学」について学んで来ました。
14年間、月1回志に肥料を与えてもらっています。
今回のシリーズは「逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)」から見える江戸時代の素晴しさについて学んでいます。
江戸時代の東京(江戸のまち)は田園風景などの自然と住宅が渾然一体と存在していて海外の方々から賞賛されていたようです。

茨木市においては、これからJRや阪急駅前において駅前の整備が進められていきます。
高層ビルを建てて商業施設を誘致してといった、どこの街もやっている整備ではなく、自然と一体となった癒しの空間づくりが必要なのだと感じました。
商業施設で競い合っても他都市との戦いを行い結局はパイの奪い合いで勝ち組と負け組が出てくるだけで終わってしまう。
商業施設のクオリティーにおいて梅田や京都に勝てるわけはないのだから、茨木市としての温もりある整備が必要です。
癒しの空間に人々が集まる様になり、結果としてその空間に応じた商業施設が増えていくのだと思う。

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【以下、講演メモ】
江戸、自然に浸透されている都市、巨大な村であった。

江戸城のみが都市でそれ以外は周辺の村落のよう

ユニークな田園都市が江戸
このユニークさが当時の日本が世界に対して個性あるメッセージを発信する能力をもつ文明であった。
これらは、共生文明を築く上でのヒントである。

ひと、都市、みどりの共生

現在の都市の中に杜(もり)を創って行ってはどうか
都市の中心部ほど癒されるように
駅前は癒しや祈りの空間を創る方がよい(福丸)
商業地として人を集める能力はない。結局はパイの奪い合いとなる。大都市には負けてしまう。茨木であれば大阪や京都には勝てない。

文化度が高いまちには文化の高い人々が移り住む


中世ss(鎌倉・室町) → 徳川ss(織豊・徳川) → 近世ss → 米国占領下
この800年を総括しないと新しい日本は興らない
武士道

次年度は、山鹿素行「聖教要録」について学ぶ
そのことを通じて前半期の800年を深めていく

fukumarutakayuki at 10:25 Comments(0) TrackBack(0)  

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